2016年02月04日

弁当箱

最近、料理が楽しい。
食材を選び、キッチンでノリノリで適当に切って焼いて炒めて煮て。
味付けはスピーカーでジョンルーリーをたっぷりと。
食前酒もたっぷりと。気分はジェイミーオリバー。
できた時には、既に腹八分。脳がそういう信号を勝手に発信する。
視覚による刺激は、満腹中枢にいたずらする。
“切る”この行為が一番おもしろく、腹を満たす。

数年前から、ちょくちょく釣りにお弁当を作っていく。
キャンプはまだしも、釣りに行くと、メシを拵える時間がもったいないとか思ってしまうせっかちな性格なもんで。理想は、バックウォーターで、ボートをズズズと河原に引き揚げ上陸、前夜に仕込んでおいた食材を、その場で仕上げて、ディレクターズチェアーなんかに腰掛けて、「今日のバスはシャイだねえ」なんて、粋な会話をしながら食したい。
まあそのうちに。
とりあえず、今はまだボートで、キャストの合間を見計らって、ガツガツと腹を満たすことができるお弁当がベスト。
ただ、妥協はしない。
厳選した食材.それと器。
”一生モノ”といえるモノに執着する自分の弁当箱は、コイツしかあり得ない。
Le GRAND TETRAS。グランテトラの弁当箱。
フランスの弁当箱で、日の丸弁当を。
これに勝る釣飯が、他にあろうか。
le grand.jpg
posted by ns at 19:27| 日記 | 更新情報をチェックする

2016年02月02日

幸と不幸

御用達の駅前本屋が突然の閉店。
週替わり古本コーナーも兼ねていたこの本屋は、私生活における一つの愉しみだった。
それを突然失った。
「あると思うないつまでも」
閉店後の閉ざされたドアから、そんなメーセージを受け取った。
そう、この世の全ては生もの。限定品。
この事実についての感度が何故かすぐに鈍ってしまう人間。
なくなってから、云々言う哀れさ。
ホモサピエンスの武器、”理性”は、50/50で不幸を呼ぶ。
そんな日に果報。まさに目から鱗。
遂にアブディールの堀田君とスナサルの前田君が本を創刊する。
センスのよいあの二人のことだから、実に愉しみ。
誰かがやらないと、と、あちこちから声が漏れていた大仕事に遂に手を掛けた二人に感謝。一番いい流れは、このアクションに即発されて、いろんなところから紙媒体が続々と登場するというシナリオ。
自分の思いとしては、魚釣りは土着性の強い趣味。色とりどりの遊び。
郷土料理みたいなもの。同じターゲットを狙うルアーフィッシングでも、必ずそれがある。
私的興味かもしれないけど、そういうのが実に面白い。
別に本じゃなくてもいい。フリーペーパーみたいなもんでも、ミニコミ誌みたいなもんでも、壁新聞みたいなのでもいい。手書きだってかまわない。
行きつけの本屋を失った今、強く紙媒体への思いが燃え上がっている。
ネットは記録、紙媒体は記憶。
「MUNCH IT」 時代の密封に期待!!  

追記
日本のバス釣りは繁栄と退廃を数度繰り返して、今、四分五散になってしまってる。
今こそ、入門書ではないか。
未来にこの釣りを残すためにも、一度仕切り直しが必要。

いつまでも、あると思うな 日本のブラックバス釣り。


posted by ns at 19:19| 日記 | 更新情報をチェックする

2016年02月01日

パクリ

最近よくわかんない。
あらゆる分野、市場、業界には、同じようなデザインが満ちあふれている。
それらはどういうことなのか?それらを元の発案者のモノ以外パクリとして括っていいのか?
いや、違う気がする。
中国とかのキャラクター模倣などは頂けないが、たとえば特に道具として扱われるものに関していえば、パクリというものはあってないような気がする。
そもそも、いま道具として取り扱われているものは、長い歴史の上に成り立っているものが多い。
その歴史は、ほぼアレンジの繰り返し。バリエーション開発による発展。
いわば一つの大きな掌の上での業。長い目でみれば代々受け継がれる共同作業。
そこにパクリという言葉は適切なのだろうか?
だが、逆に目を細めれば、盗作的なものが溢れかえっているのも言うまでもない。
どうしたものか。
それらはやはり下衆のパクリなのだろうか?
いや待て、そもそもパクリとはなんだ?
オマージュ、 リスペクト、 インスパイア 、トリビュート、 アレンジ 、 焼き回し、 リメーク、応用、参考、借用........などなど、その模倣理由は様々だけに、その線引きは非常に厄介。
単に金儲けの偽造模倣行為っていうのは、どうか?そこには悪意があるが、これがエスカレートすればするほど、オリジナルの評価があがるという相乗効果が引き起こる。結果的にそれがムーブメントになる場合もある。
こうなると、そもそもパクリは全て否定すべきか?という壁が立ちはだかる。
パクリとは必要悪か?
個人的にはどうでもいい。
自分の目で見極めればいいのだから。
釣り道具の世界にもそういう論議がないわけでもない。
何故か、古い海外ものの応用には前向きで寛容だが、国内から発信されたアレンジの応用にはすぐに否定的な声があがる。
これは尊重からくるとても健全な気持ちで間違いではない。
ただ、個人的には、そういう部分にあまり興味はわかない。
誰が最初にやったとか、つくったとか....。
やはり、すべては代々受け継がれる共同作業で、尊重すべきアイデアはもちろん存在するが、それ以降の応用に否定的な視線をむけるのは、どうかなって。
まあ、開発者が愚痴るのはわかるけど。
でも、インスタントラーメンの生みの親、安藤百福のように「日清食品が特許を独占して、野中の一本杉として発展はできるが、それでは森として大きな産業は育たない」と、他のメーカーに製法特許を公開したように寛大に構えてくれるのが、自分達、根っからの釣り人にとってはありがたい。
なぜなら、パクリが溢れかえるとき、それは歴史が確実に一歩進む瞬間だから。

日本人は、昔からアレンジが巧みな民族だ。
今現在、ブラックバスのサーフェイスプラグに関して言えば、絶対に日本人が世界最前線に立っている。
大きな森はここにある。

今こそ100年以上続く、サーフェイスプラグの成果を全てのパクリと呑み込んで、森をさらなるジャングルにすべき。

すべては、もっともっとブラックバスにパクリと喰わすために!!

爆笑。
posted by ns at 21:35| 日記 | 更新情報をチェックする