2017年05月26日

謎の好調

最近、絶好調に釣れている。
近頃、釣行記なるものを一切書かなくなった。どうも言葉にするとリアルな記憶がぼけてしまう。よって今後も書く機会はすくないと思うが、今、絶好調に釣れている。
相変わらず大きなプラグと小さなプラグが面白くてブラックバスのそれらに対する反応の違いを観察研究して楽しんでいる。
色んなプラグを対比するのはルアーフィッシングの愉しみ方の一つ。
サイズはもちろん、素材であったり、カラーであったり、国産プラグと舶来プラグであったりと色んな個性でバスの反応が違ってくる。ブラックバスは違いのわかる素敵な魚。
好きなプラグで押し切るのも爽快だが、最近はもっぱらそういう研究に夢中。
でもただ釣れればいいってこともなく、やはり意外性を求めて釣果を貪っている。
この頃はビートキングに軍配が上がりっぱなし。確かにあのプラグは釣れる要素が詰ってるが、最近の好調はどうも理解し難い部分が強くあって、これまさにコンセプト通りにカウツキ−社の“何か”が効力となってるとおもわれる。潜在的、遺伝的な部分を刺激しているような。あの目はヘドンのヘッドプラグ同様にサケ科のデフォルメと思われる。バスがサケを食べる??そんな想像は論外だが、ブラックバスの学名は”Micropterus salmoides(ミクロプテルス・サルモイデス)。salmoidesってのはラテン語?で『サケみたいな』という意味だ。ここから考えられることは.......わからん。それがおもしろい。
小さいプラグに反応悪くても、あれを投げれば毎回バスが飛び出してくるこの頃。
いつまで続くのかこの気味悪い好調。
ツタンカーメンのなんとか、みたいなもんだったりして。

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2017年05月21日

ルーツ&デストロイ

David Hidalgo and Marc Ribot のDuoを観に行った。
あまりもの素晴らしさに脳が処理できず。
アメリカンルーツミュージックの雄と唯一無二の奇才ギタリストとの見事なせめぎ合い。
まるで魔法のような演奏。時折、二人だけで演奏してるのが信じられなくなるほどの音の重奏。そして歌詞の意味はわからないけど、深層に強く訴えかけてくる唄。緩さの中に緊張感と血統を強く感じた。
完璧。久々に体中の細胞が覚醒、お酒を呑むがアルコールは即に分解され酔うこともできない。

デイヴィッド・イダルゴ は言うまでもなく偉大だが、やはりこの日の目当てはマークリボー。
マークリボーの熱狂的ファンとしてはかなり長いが観るのは実ははじめて。
リボーのギターをはじめて聞いたのは、あとにわかったことだけど日本のアーティストSIONのアルバム。まだ中学生の頃。種植えはこの時に済まされ、のちにラウンジリザードで芽生えて開花、以来のマイアイドル。

このDuoを観て、今後の釣り人生に置いてかなり重要なヒントを得た。
.....気がする.....。
ルーツに対しての敬意と媚びない前進。
決して単なる懐古主義ではない伝統の前進。
これを釣りに置き換えると実に面白いものが浮かんでくる。
時折見せるリボーの狂気じみたギターは最高の道しるべ。

すっかり歳終えてボサボサ白髪にしわくちゃのスーツのリボーと貫禄十分に肥えたイダルゴ。
この二人がどれだけ優れているか。
いまだ興奮納まらない。

ちなみに津波ルアーズのソニックリボーはマークリボーから頂戴したネーミング。名付け親は自分。

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2017年05月19日

釣学

釣りが上手い人は世界中に日本中に周りにも沢山いる。
だが、釣らせ上手な釣り人はそうはいない。
頭に浮かぶのも数人程度。そこに自分は入っていない。
近頃、本気で子供にバスを釣らせようとしている。これがなかなか難しい。
4歳で初バスを釣って以来、バス歴は7年目に突入。現在、どこかで知識と情報だけを得てきてそれを実戦に活かそうと夢中だ。そこに我流中の我流の自分の実戦アドバイスが入るもんだから、それはそれは大変だろう。
しかしながら好きなルアーはペンシルベイトというところはDNA。
理由は一番釣れそうだからという。
このへんは上手く叩き込めている。
だがそれだけではだめ。実際に釣らせるのはほんとに難しい。
釣らせるというのは違うか?教え方というべきか。
最近思うに、結局、釣りというもの経験体験のみが上達の秘訣で、色々と知識だけ増えても、それだけでは一切身にならない。感覚的なものが一番重要。
そもそもこの時代、情報が多すぎる。情報が先走りすぎ。子供の領域にもその波は押し寄せている。
自分達の時代は情報が少なすぎてほぼ想像だけで釣りをしていた。想像が知識を上回っていた。
濃厚な情報も確実に近道の一手だが、やはり想像力を磨かないと釣りは上手くならないし、面白くならないとおもう。

先日、目の前でビートキングでランカーバスを釣ってみせた。
それにはかなりの衝撃を受けたよう。
いまは多くの魚を釣ること、釣らせることを目的にしている。
”一匹の魚とどう関わるか”という釣りはまだ教えていない。
それは教わるものではなく、自分で気づくもの。
もしそれに自身で気づいた時はABU2500CDLをプレゼントしようおもう。

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2017年05月09日

われらのバスフィッシング

歳をとったら、相撲が一番面白いと感じるらしい。そして演歌のメロディが一番身にしみるらしい。
成人した頃、年配の人にそう手ほどきをうけた。
それがまともというのなら、自分はまだまだ歳をとっていないということになる。或いはまともに育たず、どこかで脱線したまま今に至っていると言える。いまだ、それらに全くもって心が動かない。
しかし、一つ、最近ある変化に気づいた。
それは仏像の顔を見ると妙に落ち着く。あの気味悪い顔をみてると神妙な気持ちになる。
なぜだかわからない。ただただアンビエント。
だから今後、十代後半の野望に満ちあふれた若者と話す機会があったら、「歳くったら、仏像の顔に興味が湧いてくるぞ。いつかわかる」と言おうとおもう。

久々にリザーバーへ。
2日連続釣行。
やっぱり自分はこのリザーバーの釣りが私情最高の至福。
山道を走り、トンネルを抜け、川沿いを遡上していく。そして広い水面が眼下に現れる。
このプロセス、何度味わっても快感。そしてその大きな鏡のような水面に船を浮かべて......釣りをする。
この贅沢な快楽。毎度の事ながら頭がおかしくなる。
今年7度目の釣りだが、リザーバーゲームに戻り、ようやく2017年がスタートした気になれた。
バスもよく遊んでくれたし、同船の野蛮人達とも久々にゆっくり話しできたしで良い一日だった。
われらのバスフィッシング。この釣りを死ぬまでできることを切に願う。

仏像顔。あれは釣り人の行く末の表情。

われわれには、まだまだ邪念があって到底あの域まで行けないでいる。
だが10年後、20年後の近未来、きっと仏像顔がリザーバーの至る所に浮くこととなるだろう。
そうなればここ日本でもバス釣りは永遠のものになるだろう。

ただ、 間違いなく気味悪い光景でもある。

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2017年05月04日

仮想のプラグ

ハンティングというものにとても興味がある。
実際の行動もそうだが、その歴史や文化的なもの全てに魅力を感じる。
そこにバス釣りが絡むと、もはやブラックホール。
もしそんなメーカーがあったならば.....ということを考えたことがある。
そして色々調べた結果、カウツキ−が浮かび上がった。
Kautzky Manufacturing Companyはアイオワ州で1897年創業。ちなみにヘドンが1894年。
猟銃などのハンティングアイテムからはじまり、多くのスポーティンググッズを扱うメーカーに拡大していった。1930年半ばに2代目となるカウツキ−JrがLAZY IKEの生みの親ダニエルズに出会い、その後、1940年に全ての権利をカウツキ−が取得。そうしてカウツキ−のレイジーアイクが誕生。ブラックホールが誕生。
ルアーの姿、数あれどレイジーアイクこそ最も原始的で最低限の性能を簡素化したデザインだとおもう。
しかし装飾も色気もないそのデザインの素っ気なさからか歴史があってもコレクターズアイテムとして注目を集めることもなく、釣具としても特に強い人気を誇るわけでもない。ここ日本でもこれが好きという人に会ったことも聞いたこともない。
そういう自分もこの経緯を踏んでいなかったらレイジーアイクを集めたりしなかったはず。
カウツキ−のレイジーアイクだからこそ興味をもったといえる。
ハンティングの会社がルアー売っていたってのは、自分にとって十分すぎる魅力。
その後のチャグアイクやトップアイクなんてもんはもう愛らしくてたまらない。
そんなカウツキ−もいつの間にかなくなり、レイジーアイクブランドはプラドコに吸収、抜殻を残すだけに。
古き良き時代のアメリカンメーカーは大抵、合併、吸収なんかを繰返して消滅。これはこれで見事完結で拍手を送るべきだと思うが、どうももったいないと思う気持ちが心底から消えない場合もある。
カウツキ−についてはFishing&hunting用品の理想のメーカーだけにぜひ復活を!とか夢みたいなことことを考えてしまう。
ある日、そんな妄想が暴走。
「カウツキ−が復活。」
「カウツキ−復活第一弾が遂に発売」
頭の中でそんな架空のニュースが飛び交う。
全米のスポーツ新聞の片隅に「カウツキ−の逆襲」の見出し。
日本支社を任された自分はアメリカ市場向けに日本でのライセンスアイテムの製造を担当。
津波LURES協力のもと、バスプラグを製造。
6月のアメリカ発売の前に、先行逆輸入版として入荷したのがこのビートキングJ。

という架空の設定の元、完成したのがこのプラグ。

心の中ではカウツキ−の新作であり津波LURESの定番キングオブノイジー。
わがままと贅沢と夢が詰ったプラグ。

が、この仮想のプラグの正体。


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posted by ns at 22:21| 日記 | 更新情報をチェックする

ダメージ

傷というと、やはりマイナスイメージがつきまとう。
でも傷が全くないものに愛着が湧くかというとそれは疑問。
自分は子供の頃から傷が大好きだった。まずは体の傷に目覚めた。ほとんど外で這いずり廻っていた子供時代から怪我をするとどんな傷が残るのかが楽しみだった。何故か顔が傷だらけの幼なじみのUを羨ましかったりした。
そして今も変わらず傷というものが大好き。

前回の釣りはバリカンズ所属の大阪人TANIMAの大谷君と。

泉州最後の秘境と巷で呼ばれる里山の奥の奥地の野池へLETS GO。
生い茂る原生の木々を車で掻き分け、山道を遮る落石をどけて、どんどん進む。
陥没に落盤、そして崖崩れ。
天然のやりたい放題にひるむことなく、且つ慎重にどんどん進む。
昭和30年代には既に存在した林道。もはや自然と人間のせめぎ合いの末路。
ヒヤヒヤを何度も味わい遂に水面が目に入る。人里離れた水面はとても神秘的で気高い。
水面鑑賞者の楽しみの一つ。
ボートを下ろすには、さらに進んだバックウォータ−まで行かねばならない。
そしてここからが本当の難関である激烈悪路。4WD不可欠のまさに廃道。
先頭に見張りを置いて難関を2つばかり無事突破した。が、直後、目の前に「絶望」が立ちはだかった。
通行止めと言わんばかりの大きな落石。到底、大人二人ではどうしようもないほどの石。
だが水面を目の当たりにした釣り人二人は冷静な判断ができないもの。
「せーの、せーの」と山奥に響かせるも、当然びくともするはずがない。
途方に暮れた末....あきらめる。消沈。

後日、車をまじまじ見るとその時ついた傷が多数。
それを見ていい釣りだったとしみじみ思う。
実際そこでは一投もできなかったが、釣りに出向いたのだからそれは釣りでしかない。
ノーフィッシュで心に傷、オマケに車も傷だらけ。
堪らない野外活動。

故 林房雄氏の名言「釣師は心に傷があるから釣りに行く、しかし彼はそれを知らないでいる。」とはよく言ったもの。
アンサーを書くとしたら「釣り師は心の傷を求めて釣りに行く、しかも彼はそれを心得ている。」
posted by ns at 16:28| 日記 | 更新情報をチェックする

2017年05月02日