2018年01月30日

ギタリスト

生い立ちとか育ちとかいうけど,それは一体いつまでを指すのか?
いまだ日々成長を志す自分にはいまなお、生い立ち中な気がする。
根本がそんなだから、これまでも色んな場所で暮らして色んな人と会って色んなことをしてきた。
だから、つまり思い出の引き出しが多すぎて、たまに感情がコントロールできない場面がある。
20代前半、東京にいた。沢山の素敵な人間に囲まれて遊んでいた。
中でもミュージシャンが圧倒的に多かった。自分はそれではない。
一番よくしてもらってたoiの兄貴がソロ活動をするということになって,新たなメンバーを集めた。そのメンツとの付き合いはほんの数年だったけど,心の中でとてもいい時代のいい思い出として刻まれてる。
考えるともう20年ほど前。そんな中の一人、もはや記憶の中のギターリストがこの世を去った。
ヤフーニュースでそれを知る。
弥吉くんは椎名林檎の元夫としてよく紹介されるが、林檎を落とすとかどうのとかの渦中の頃まで行動が耳に入る距離だった。普段からかっこいい男だったから、「やるなあ」と関心はしたけど不倫だったから周りは困惑してたよなあ。
そんなもうなんの接点もない知り合いが亡くなると...実感はないがなんか妙な気持ちになる。
なんかゾワゾワしておもわず旧友に連絡してみると、やはり皆そんな感じだと言う。
不思議なもんで付き合いは無くなってても、昔、同じ空気を吸ってた人間が亡くなると色々考えらされるもんで。色んな思い出が蘇ったり、急に皆が気になったり。
自分が全く違う世界に行ったので,その辺の皆があれからどうしてるのか全く知らない。パソコンで調べたら随分と頑張ってたんだなあと関心。
そういえばベースのコビーには女の子を紹介とかしてもらったよなあとか思い出して、旧友に彼の消息を聞いたら、いまはザ・クロマニヨンズだという。
なんかみんなちゃんとやってて嬉しい限り。
その頃に彼らがリリースしたアルバムを久々に引っぱり出してライナーの写真を眺める。
若い弥吉くんの姿。ちゃっかり自分も映ってる。
人生ほんと色々あって不思議。
そして何より大事なのは今。だと、つくづく思う。

弥吉くん、心よりご冥福をお祈り申し上げます。
posted by ns at 23:50| 日記 | 更新情報をチェックする

2018年01月28日

山里

昨年辺りから何かと時間が無くて全然本を読んでいない。
とはいえ気になるものは手にいれるので、未読本がどんどんと増えていく。
これは畑を耕し種を撒くが、水をやらないのとなんら変わりがない。
どうにかやりくりして読書の時間をつくりたい。それはゆとりの時間ともいう。
そして読むといえば書く。これもペースが落ちている。
これらは同じサイクルのものなんでどちらかを進めれば自然と追随して同期してくるもの。
人間の生活や習慣にはこういう対になった関係のものが意外に多い。
自然に一石二鳥という方向に向かう図式や方程式が実はゴロゴロあって鋭い人達はそれらを無意識に心得て行動をしている。自分はと言うと卑しさに負けてついつい裏をかいてしまい、だいたい二石一鳥に終わる。
そういうことなんで頭の鋭い人の本でも読んで運の肥やしにでもなればいいな、と思っていたりする。

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本当に真面目な人が真剣に大きな視野で日本の釣り文化や今後のことを考えたらこうなる。
日本の哲学者 内山節 著 山里の釣りから
1980年初版。
結果的にこういう考え方や方向性ってのは、大きな資本主義の流れに押し流された。
ただこれらを過去の空論として見過ごす気にはならない。なぜならこれこそ正論だと心からおもえるから。
釣りという営みは決して魚を釣ることだけではない。

昔って見事なほどに様々な釣りの本が出版されていた。ほんと多種多様で面白い。
それに比べて近年はテクニックや釣法の本ばかり。クソつまらない。だって釣りは自分なりのテクニックや釣法つまりスタイルを造り上げていくのが愉しみの真髄..これが持論。
出版社たち、そろそろ目を覚まさないと日本の釣りは退廃の一途。。。

とか、こんなとこで言っても遠吠えにしかならない。
しかし、これはオオカミの遠吠え。
posted by ns at 01:33| 日記 | 更新情報をチェックする

2018年01月21日

初!!

初釣りという言葉があまり好きではない。
捻くれてると言えばそれまでだが、やはり行動を暦に左右されるのが気に入らない。
自分の暦は死ぬまで継続。365日毎にリセットや仕切り直し、又は、再スタートという区切りにどうも気分が乗らない。ずっと長距離走を折り返し地点を設けずに直線で走ってる思いが強い。思えば子供の頃からずっとこういうことを言い続けている。
だから忘年会や新年会の類いにはなるべく、頭を下げてでも出向かないようにしている。
これを俗に阿呆というのだとおもう。
さらにどうでもいい事をフッと思いだした。
そういえば子供の頃に「初張り」というしきたりがあった。
散髪した翌日、学校に行くと当然のように「初張り」と言ってみんなから頭を平手で張られるのだ。場合によってはもう片方の手の甲を頭にあててそれを張る。そうするとパチンと響きがいい。これが子供世界の当たり前のルールだった。
あれはなんなんだろう?全国的なものだろうか。
なにげに気になる。
漫才のツッコミもあるし、きっと大阪人ってのは頭を張られるのに馴れていている気がする。説!!

暦上の初釣りはボウズにおわる。
本音、この時期の釣りは好きじゃない。
心から楽しめない。くつろげない。

春は直感を磨く季節
夏は腕を磨く季節
秋は知恵を磨く季節
そして
冬はやっぱり道具を磨く季節

これが自分の釣り。
かな。

そういいながらまた行くけど。。
posted by ns at 13:58| 日記 | 更新情報をチェックする

2018年01月11日

冬眠

寒い。
寒いのが特に苦手。というより気持ちではさほど寒くなくても体が順応してくれない。すなわち体温調整機能に不具合があると思われる自分の体は本当にこの時期に不向きで弱い。すぐに足先手先の感覚が無くなり熱湯に触れても何にも感じないほど不感になってしまう。したがって脳も、しかたなく苦手と判断を下し全身の代謝を抑えようと働く。元気なのは骨だけ。
だからこれまで冬眠について、何度も考えたことがある。
もし人間が冬眠する動物だったら...。
そういった苦し紛れの想いがすきま風のようにどこからか吹いてくる。
毎年、秋になると全ての人がバクバクと大量に飯を食べはじめ脂肪を蓄える。男は皆力士のように、女性もまた皆が渡辺直美のように。
そして冬眠の季節がやって来る。人間社会は当たり前のようにそれに順応した社会システムを造り上げていて、施設や制度がしっかり整っている。数ヶ月の社会活動停止。誰もがその権利をもっているのだ。会社などでは冬眠休暇が適用されるし、学校では学力の格差が生じないように集団冬眠が行なわれる。
さらには冬眠にも贅沢を求めはじめ、温泉観光地のように冬眠観光地のようなものが各地に作られたり、グッズや専門用品も充実。冬眠産業は一つのビジネスとしても成り立っている。
アウトドアマンの中にはキャンプ場で穴を掘って冬眠するものも。
芸能人はアラスカ、フィンランドなど、海外に冬眠しにいくのがステータスとされる。

自分は酒蔵を改装したモダンな冬眠宿の樽の中で冬眠したい。

春よ、早くこい。。
posted by ns at 21:20| 日記 | 更新情報をチェックする

2018年01月04日

1997

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*Basser 1997年9月号 quiet funk の広告より

クワイエットファンクの2018年一発目はこの広告の最初期にリリースされた6色を復刻。

と、いうことみたいだ。

おもわず興奮。

当時、この広告を見たときの衝撃をいまだ忘れることはない。
釣り雑誌の中で完全に浮いていたこの洒落た広告。絵だ。バスブームまっただ中に絵だけで発表されたクワイエットファンクのデビューとデカダンスのリリースにどれだけ惹き付けられたことか。
当時、アメリカンルアーに一辺倒の自分はこの年にライフベイトとパラノイアとクワイエットファンクに出会い、一気に国内ルアーに目を向けることになった。
中でもこの広告のインパクトは大。

あれから自分の釣りの軸は、はほとんど変わってない。
だから、今もなお、このデカダンスの広告には興奮する。

たしかこのカラーは天狗と風来堂で買った。わざわざ出向いて。
posted by ns at 23:05| 日記 | 更新情報をチェックする

2018年01月02日

bass of bass

年が変わると、毎度同じことを考える。
明らかに去年よりひどくなっている、と。
なにがって釣毒熱。
全く衰えることのない情熱、好奇心、興味、熱意、信念。
このまま行くと果たして何処に辿りつくのか。
燃え尽きて灰になるのか、それとも道半ばで呆気なく鎮火してしまうのか。
未来が全く見えないこの行方。
原因は何か?
それはブラックバスという魚の計り知れぬ魅力というのは明白だが、それだけじゃない。
やはり毎年毎年、産み落とされる道具達への激情と、そしてひょっとしたらこれが最もたる原因じゃないかとも思える釣り仲間達から浴びる熱。
今年も新たな釣り仲間に出会い、刺激を受けた。もうこれらが強烈すぎる。
自分はこれまで先達たちを必死に追いかける釣人だった。
もちろんそれは全くブレないのだが、近年、自分より若い釣人から受ける刺激がジワジワ効いてきた。
もう上からも下からも炙られてる感じ。両面グリルで焼かれる魚の様。
知らぬ間に、というか時代の流れなのか、新たな価値観がどんどん生まれている。
幸田露伴、井伏鱒二、福田蘭童......赤星鉄馬....
さらにはこのサーフェスゲームの生みの親である則さんやその仲間達でさえ、どんどん時代に流されていっている。
これは釣りの世界だけじゃない。周りを見ればどんなジャンル、どんな世界でも同じような波が見られる。
だが逆に、その両面グリルの中に閉じ込められた自分の世代の立ち位置のようなものもはっきりとさせられる。
足元に何があって、頭上に何があるかが。

ホームである紀ノ川は大きな台風が来る度に流れが大きく変わる。
数年前の本流はすっかり穏やかな支流になり、小さなワンドが次々に繋がって大きな本流となった。
それとよく似ている。

文化にも流れがある。

さあ,今年はどんな年になり,流れはどう変わっていくのか?
そんなことを考えるとワクワクする。

リベラルアングラーズは橋桁に絡み付く流木のような存在でありたい。
ブラックバスが好むような。
posted by ns at 17:32| 日記 | 更新情報をチェックする

2018年01月01日

2018

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posted by ns at 22:51| 日記 | 更新情報をチェックする