2017年05月29日

毒 or 薬

先日、ここ数年すっかりと釣り離れをしている友人を誘って釣りに行った。
子供の誕生やマイホーム購入などで生活が一転、遊び時間を削りに削って仕事尽くし。
数々の伝説を生んだ釣人だった。大抵こういう男は、自分の知る限り家庭というものには不向きで、釣欲に支配され家庭より魚を優先させて墓穴を掘るというのがお決まりパターンなのだが、彼は違った。
意外に、家庭的だった。
実は言うと、自分は彼よりも嫁の方が古い付き合いであって、もしそんなことになったら逆に叱る立場であったから、面倒なく手間がはぶけてよかった。
そんな彼と釣りに行ったわけだが、たまたまフィールドでまた違う友人たちと会った。
いつものように湖面でボートをくっつけて語らい。
久々に釣り場に登場した男を彼らも珍しがって色々話を聞く。
そこでこんなやりとりがあった。

「家族の為に釣りをやめてたねん」

「何言ってんの。家族の為に釣りしてるんやで、俺は」

この会話がいまだ凄い引っ掛かっている。

どちらにせよ、釣りという遊びを人生においてとても大きな存在として捉えている。
一方は、釣りは家庭を脅かす存在として、かたやもう一方は家族を守る為のエネルギー源として。
まさに紙一重の遊戯。

自分は釣りを若い頃からずっとこう捉えている。
生き抜くための、或いは、息抜くための手段。

久々に会った彼と釣りをしておもった。
この男は一生、釣りをやめれんな。

「釣りをしている夫の姿を見たことのない女房は、自分がどれほど辛抱強い男と結婚したか気がつかない」
エドガー・W・ハウ
posted by ns at 21:41| 日記 | 更新情報をチェックする