2017年02月18日

密林化

もはや密林。
ややこしすぎる。ネットワーク環境とそれに依存しきったこの現代社会。
そんな時代をどうにかうまく生き抜こうと思うが、所詮、素質がない。ちょっと理性ある猿にパソコン与えたようなもん。何故かパソコンに強いと思われがちだが大きな勘違い。パソコンを三輪車の如く乗りこなしてるにすぎない。先週のPCトラブルから、約一週間の四苦八苦でなんとか元の位置にもどってきたが、脳ある鷹ならきっと5分で元に戻しただろうに。
山奥の湖上が自分の居るべき場所とわかっていても、そこにずっといれないもどかしさ。それを打ち消す為に、とにかくある計画を遂行せなばならない。
それこそがアルパカ計画。

人間界と野生界のG.C.D つまり 最大公約数を求める。

それがこの計画の域であり粋であり息であり意気であり活きであり生きであり行き先。

シンプルにスタート。スローに開店です。

最初に言っときます。不器用です。
あしからず。

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2017年02月02日

扉が開かない

夜、暗くなってから散髪に出掛けた。2ヶ月ぶりにバサッと切ったので寒さが増す。その帰り道、颯爽と自転車を飛ばしていると天から声が。気のせいかとおもったが、ペダルの回転運動をやめ鼓膜を拡張する。やはり聞こえる。か細い声で、「すみませーん」。やはり頭上から。その場で天を仰ぐと、とあるマンションの3階のベランダに人影。えっ俺?ハイ?
「すみませーん。子供に中から鍵を閉められて家に入れないんです」
よく耳をすますと、子供が泣きじゃくる声も聞こえる。一瞬で理解する。よく聞くやつだ。ベランダで洗濯物を干してたら、幼き子供が誤って鍵をロック。さー大変ってやつだ。この時期の夜、家着でベランダ、しかも3階、寒いだろうに。子供は鍵をロックしたものの解錠の仕方がわからず泣きじゃくるしかない。
自分は最初の通行人で選ばれしもの。受け入れましょう。助けましょう。
とりあえず天を見上げて、暗くて顔もよく見えない人と対策を練る。まずは関西空港で働くという旦那にTEL。空港で働いてる男が常に電話に出れる状態なわけないだろうと思いつつ、、。ほら予想通りでない。次はリクエストで実家のご両親に電話をすることに。が、これが全く見知らぬ市外局番、間違いなく他県で繋がったとしてもどうしようもないと思ったが、パニック状態の奥様の藁にも縋るおもいをおろそかにするわけにはいかず、とりあえずプッシュオン。まず、この状況を説明するのが面倒。この世知辛い世間で見知らぬ男が見知らぬ奥様を助けることの難しさを痛感。なぜ散髪帰りの自分が見知らぬおじさんに電話でしかも丁寧に自己紹介をしているのか。当然の如く不審者扱いされつつこの状況を説明をするのがどんだけ難しいか。
「電話をかわってくれ」というが、「だから自分は路上で、奥さんは三階で、それはできないです」と。
すると「声だけ聞かしてください」「無事ですか」と。まるで誘拐犯あつかい。
だから!!!!この父、無理。
とりあえず冷静なのは自分だけ。マンション名はわかるから管理者に連絡だ。一度、家に帰って管理人に連絡すると伝える。「すみませーん」声がますます弱まっている。反して子供の泣き声は強まっている。
パソコンで管理人を叩きだす。電話する。「おかけになった...現在使われてません」。そんな馬鹿な。住所が出てるから104で電話番号を調べる。「登録されてません」そんな馬鹿な。
じゃあ住所をグーグルマップで検索。これこそハイテク時代の利点。地図を脳裏にやきつける。現場に戻り「大家さんとこ行ってきます」と伝える。もうここまで来るとこちらも意地。再び自転車を飛ばし脳裏の大家さん邸を目指す。しかしだめだった。目的地は一本の路地に10件ほどの家が建ち並ぶ場所。大家の家はどれだ。くろひげ危機一髪状態。よく思案する。この状況。夜に突然見知らぬ男が家に来て「そちらに管理されてるマンションの.........女の人が......閉じ込められてて」これ怪しすぎるだろ。説明がめんどくさすぎる。いきなりアタリを引けばよいが、ハズレが連発したら自分はかなりの頭がおかしいヤツだ。しかもだ、自分は散髪したて。散髪したてってもんは違和感が半端ない。これは他人でも感じとれるもんだ。いわば人として不自然な状態。そんなヤツが夜に突然家にやって来て女性が閉じ込められてるんですよって、それはもう気持ち悪いの一言。大家アタックは断念。時間の無駄になりそう。そこで次の一手。不動産屋だ。しかし時間が時間、とりあえず駅前に向ったが通りがかった不動産屋は案の定、閉店。これは参った。が、ウロウロしてると一軒、シャッターが半分あいた不動屋さんを発見。迷わず飛び込む。だが、また、説明するのに一手間だ。なんなんだ、そんなに散髪したてのとっちゃん坊やは不審なのか?ムキになればなるほど怪しく映るのか?
長い説得の末、やっと大家に連絡がとれてた。
現場に戻るとはやくも大家が駆け付けていた。ホッと。
見知らぬ奥さん、「お礼したいんで、連絡先を」。そんなもんいらん。地球は丸いからそのうち幸運がめぐってくるだろうし。「お礼なんかいらんから、子供は叱らんといて」と言い残し去った。
どえらい苦労したが、ええ仕事したと満足。

でもまあ人間というものはやはり貪欲な生き物である。
ええことした自分にはなにかええことが起こると期待してしまう。

この愚の因果か、その後、あり得へん事態に。

家に戻りアルパカどうぐ店の準備もあるんでパソコン机に向った。そこで異変。
ある重要サイトのウインドが開かない。何をやっても開かない。
PCクラッシュ!!

なんという神さんのジョーク。
大阪では全てにオチがつくという摂理!

扉を閉ざされた奥様を助けた自分は、そのあとパソコンのウインドが開かずに閉じ込められる。
窓繋がりの連鎖。
なんて無情な。そしてなんて上手くできたシナリオだ。もはや関心する。

これはもう笑うしかない。
世の中って、こんなもんだ。 ろ。

もちろん誘因はわかってる。全ては散髪が招いたミラクル。

こういう晩はさっさと寝るべし。



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2017年01月31日

アルパカどうぐ店

どうもすぐれない。物忘れが激しいし目も見えづらいし疲れがとれにくい。これは完全に老化だとおもわれる。グズグズしてると気がついたらウドンしか喉を通らなくなる。そもそもだ、江戸時代なんて35歳くらいが平均寿命だというのに、この現代に生まれたおかげで昔人的にはもはや第二の人生といってもいいほどのステージをもしくは熟成期をいま迎えられてるというこの幸せ。ただし後半の嘆きもあるのはある。若き頃は折り返し地点なんて見えなかったから短距離ランナーのような生き方をする他なかったが、この歳になると折り返し地点が色んなとこから感じとることができて、長距離ランナーのような生き方にシフトチェンジさせられる。例えば叔父の死であったり、最近の体調の不安定だったり、およげたいやきくんが急に心にしみはじめたりと。
およげたいやきくん。そう、あのおよげたいやきくん。今聞くとあれは、なんて悲痛な歌なんだ。子供の頃、散々聞いたけど単なる流行唄としか理解していなかった。アレは、何だ、つまり人生を折り返した釣り人の哀愁歌だ。ラストシーンが釣り人だったとは全く記憶になかった。
まあそういうのを呑み込んで決起。藤子不二雄Aが描きそうな素敵などうぐ店を、いつかウドンしか喉を通らなくなった頃にやっていたいのでそろそろ頃合い、はじめることに。とりあえずネット屋から。いずれどこかの田舎でひっそりと。とはいえ準備は以前からコツコツとはじめている。自分の気に入ったものしかラインナップしない本当の意味でのセレクトショップ。。とりあえず少しずつアップしていきます。スローなペースで。
わかる人にだけわかってもらえれば本望。
今週末には、ほんとうに開店します。

友人が作った野ネズミ。
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2017年01月25日

初釣り

そういえば初釣りはボウズだった。
遂に念願の漁師になり大阪湾を生活の糧とするようになった友人と久々の釣りだった。かつて彼とは琵琶湖でロクマルを釣るという同じ目標をもって毎週の様に同行した。が、お互いその目標を果たすとばったり一緒に行かなくなった。そんな彼と久々の釣り約束をした。そしてその約束の日、二人とも寝坊。正月のグダグダでお互いに起床が15時すぎという体たらく。急遽、2日後に変更し、それも昼すぎからの行き先もろくに決めずの出発。
適当に野池を選んで、行って、やる。そんな軽いノリ。
まあ男同士の積もる野蛮話も山盛りあるしと、釣りよりそっちに自分的には意気込んでた。周りの友達も一目置くワイルドな男だから漁の話やモノ造りの話など漢な話が聞けるだろうと期待大。
ボートを下ろす際、その場所に鳥の羽が散乱。渡り鳥が羽づくろいでもしたのかなと自分。しかしワイルドな彼はすかさず周辺をチェックし薬莢を拾い上げ、猟師の仕業とあぶりだす。流石、野生男。
そんなゴリラ男、ボートを浮かべるや、まさかの始終、コ.イ.バ.ナ.......。だ!
ワイルドどころか乙女。ワイルドなのは顔だけ。心はまるっきり乙女。
こっちは、もう動揺してミスキャストばかり。釣りにならず。
よってボウズ。
ビギーなあの男は、やはり変人だった。

っていうか、釣り人って、100%、変人。。だ。
我が結論として、まともなヤツは釣りなんかしない。

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2017年01月18日

クレイジークローラーは、いや、元来のジムドナリー”WOW”はなんぞや?
セミなのか?それとも何か違う昆虫なのか?
鳥なのか?それとも何か違う動物なのか?
はたまた生き物のイミテートではなく、単なるカラクリ細工の結果なのか?
ほぼ100年ほど前の発明ともあって、もはやそれを知る由もない。
ここ日本では、昔からこの左右にウイングを備えたシステムルアーは虫のイメージというのが定着している。ただ最近ではトーナメント指向のメーカーも大型のクローラータイプを次々開発していて、それらをみると、もはや虫の域ではなくなってきている。
結局のところ、そういうとこはどうでもいいことであって、関係なくバスは釣れる。
しかし、自分達のような釣り人には釣趣を愉しむという上で、かなり重要な部分であったりする。
それはイメージの問題であって、それが虫なのか、鳥なのか、は虫類なのか、魚なのかということで、プラッギングに大きく影響する。すなわち釣趣に大きく影響を及ぼす。
個人的には、鳥。
鳥でバスを釣るという行為が一番刺激的。
よって鳥説を推す。

今年は酉年。酉はニワトリの意だがそれはバス釣りにミスマッチ。
大きな意味で鳥とし、それにちなんだプラグを企てたいと思い立った。
そこで今一度クレイジークローラーやジャージーワウに戻りジャポニズムプラグに反映してみた。やはりQFのデカダンスが筆頭に上がる。それに対してのジャージーワウとなると、作者は同じだがその原型となったプラグ”ミンミンゼミ”ということになる。
そこに鳥を落とし込んだらきっと面白いものになる。という狂粋な成り行きで鳥のミンミンゼミが遂に完成。

キャストは凡フライ。木から鳥のヒナが落水。
着水後は泳がず溺れる。
バスにとっては、棚からぼたもち。食らいつく。
それが自然のありのままの世界。

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2017年01月16日

大あくび

去年のこと、ほぼ丸一日、陸釣りをして遊んだ。
最初はボートを出すまでの余興のつもりだったが、気がつけば夢中になり足元は泥まみれ。夢中が必死、必死が意地に。日の出を共に迎えたルアーデザイナーミュージシャンと自分のほどほどいい歳の大人三人組は、そのまま夕刻まで地に足をつけたままルアーを空に投げ切った。
ブラックバスとはなんと恐ろしい魚。あの魅力は魔力。時間が許されるなら、僕らはぶっ倒れるまで竿を振りつづけるだろう。
それにしても久しぶりの陸釣りはスリリングだった。普段のボート釣りにはない面白さがあった。なにより攻め方のアプローチが全然違って色々と考えさせられるものがあった。
この日、色々使ってイメージにばっちり嵌ったのはクワイエットファンクのビッグヤーン。これをずっと使ってるうちに、10代の頃のボートを手に入れる前の釣りの感覚を完全に思い出した。ポーズの間合いであったり、アクションの間合いであったり、ポイントと立ち位置の間合いであったりと。そう、この釣りにおいて、とても大切な”間合い”を修正させられた。
さらにもう一つ大きな収穫があった。この日のポイントがアシ越えの場所が多かったので、久しぶりにある誘い方を多用した。それはポカン釣り的アプローチ。あくまで”的”なアプローチ。釣り上げようとしたバスが他のバスに襲われる、こういう経験又は目撃をした人は少なくないはず。何故か、釣り糸によって操られる魚は狙われやすいのだ。そういう経験からダーターやポッパーをそういう仮定で操るアクションを随分と昔、若気で練習した憶えがあった。
それを今このビッグヤーンフィーでやると、バシッとハマった。
この日の釣りはバスを釣ることよりも、いつの間にかこの面白味の再発見があったビッグヤーンに夢中になってたようなもんだった。

後日、たまらず製作を相談。
もちろん、カラーはBaby Bass。カラーコードBB.
野生考察が生んだバス釣りの正統カラーリング。
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BIG YAWN FEE LIBERAL ANGLERS request "BB"
シンプルに言えば共食い。
ナチュラルアナーキーな美しき野生の世界を垣間みたい釣り人へ。

アルパカどうぐ店にて間もなく発売します。
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2017年01月13日

喜劇酔話

ライフワークとして吉本の舞台を観に行くということは大阪人の義務だ。
と、そう思い立ち、ここ数年定期的に通っている。はっきり言えることはお笑いは舞台に限る。臨場感というものはやはりお笑いとは常に密な関係で、芸の真価はそこにあるような気がする。ようするに場の空気をどうコントロールするかということで、それは若手とベテランでは上手さがはっきりとあらわれる。かといって観る側も受け身ではいけない。芸人を生かすも殺すも客次第の場面も多々あるのだ。笑わす側と笑いに来た側の緊張感と連帯感が混じりあって劇場が爆笑に包まれるのだ。
だが例外もいたりする。ここ数年色々見てきたけど、RGは特殊。あんな阿呆は類を見ない。劇場に一方的にカオスな笑いを生み出す。それと全然オモロないが数年前、一発屋としてブレイクしたラッスンゴレライの8.6秒バズーカー。去年も見たけどやはり全然面白くない。だが劇場には彼らの出番でしか生まれない苦い笑いが多発する。奇才RG同様、場の空気はコントロールできないが独特の空気を生み出すという意味で、あれも芸の一つなのかも。そんなこんなも現場ならではの味わい。
今、もっとも見たいのはバンビーノ。いまさら、というべきか。しかも大ブレイクした「ダンシングフィッソン族」をみたい。ほんと、いまさらだけど最近あのネタの深さに関心している。
アレは見事なハンティングだ。はっきり言うがサーフェイスゲームと同類のハンティングだ。
獲物の反応をうかがい、様々なアクションで誘う。そして狩る。全てにおいて見事、理にかなっている。狩りの奥深さを的確に表している。もはやコントというよりドキュメントと言ってもいい。また衣装のリアル指向も着目すべき点だ。ヒョウとホワイトタイガーとベンガル虎の3種の猛獣柄。これはハンターとしての強さと誇りを誇示している。しかも右脇を中心に色褪せている。これは多くの獲物をニーブラ(捕獲)した証。という設定。
んんん..ダンシングフィッソン族の狩り、ぜひ生で見てみたい。
ちなみに去年見た中で一番面白かったのはスリムクラブ。
去年は吉本新喜劇の竜じいと島木譲二が亡くなった。ほんとに悲しかった。ずっと見てきた。アニメのキャラのようにずっと生きてるのが当たり前だと思っていた。当たり前だけど芸人もいつか死ぬのだ。芸人は舞台の上でもっとも輝く。
やはり我々大阪人は、もっとなんばグランド花月へ足を運ぶべきだ。

ダンシングフィッソン族のアクションに注目
まずノイジーで誘い、駄目ならペンシルで誘う。それも駄目ならダーターで誘う。最後はポッパー。
見事!


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2017年01月12日

どうぐ店

そろそろできる。いやいや、どんだけ遅いのか。自分ののろまさにあきれる。
毎シーズン、気づけばイベントや釣りなどに明け暮れ、手をつけたもののほったらかしの大仕事。
それがHP製作とお店のオープン。
HPは面構えだけはザクッと完成。いまはお店オープン着手中。
お店と言っても実店舗としてロットン釣具店があるから、これからはじめようとしてるのはウェブショップ。ロットン釣具店はほんと釣具屋としてとても機能してるとおもう。地元の釣り人の基地としても、様々の釣り道具を全国へ流通させるための窓口としても、曲がりなりに上手くやっているとおもう。
これは、一見いい加減だが実は真面目にやっている店主(実兄)のミラクルな才能だとおもう。
釣りをエンターテイメントと考える情熱は日本一かもしれない。
一方、自分はそんなロットン釣具店を手伝いつつも気組は別のところに置いている。それが例えば通信販売への思いだったりする。
この時代、インターネットの普及により通販というものは単にコンビニエンスなだけのものとなっている。が、自分はいまだ子供の頃に通信販売で味わった興奮を色褪せぬまま持ち続けている。小学4.5年のとき、東京のサンスイで地元では手に入らないルアーを通信販売していた。釣り雑誌の広告を見て往復ハガキで在庫確認。在庫確保の返信が届いたら、次は現金書留で代金を送る。もちろん親のすねをかじって。そして待つ。荷物が届くまでの日々どれだけ頭の中が沸騰し続けたことか。あんな興奮はもうこの時代には存在しないのか?いや、そんなことはない。ないなら作ればいい。一応は時代に応じ、あの頃のような面倒な手続き部分は省略しつつも、核の部分はそのままに。
自身で吟味厳選した古物、あまり情報網に引っ掛からない良品道具、そして絶対的定番アイテムのみだけを通信販売のみで扱うセレクトウェブショップ。それでいてバタ臭いラスティック感が満ちあふれる山奥のお店。みたいな感じ。そんなことを考えている。
まあ、言葉にしたらよくわからんけど、要するに粋なもんを造り上げたいということ。
さて、どうなることやら。
自分的にはロットン釣具店の支流ショップ。
七川ダムの黒谷 七色ダムの黒潮 みたいな
間もなく開店。

よてい....。

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2017年01月09日

2017

足が痛い。歩くのが辛い。年明け早々からなんて仕打ち。
何人かに痛風ちゃうん?と言われたが、贅沢とは無縁の私生活。そんなものむしろ雲の上の憧れ病。若い医者は医者でレントゲンで骨に異常がないのを診ると、くじいたと主張する。しかし、そんな憶えのない自分は、それはないと断言する。風呂からでたらズキズキと痛みを感じたのだ。袋小路の対立。挙句、歳をとると気づかぬうちに足をくじくものですとアグレッシブに締めくくる。四捨したらまだ40のまだまだ40の自分を年寄り扱い。散々な2017年スタート。とはいえ、これは自分に与えられた試練であり教訓。これくらいのもん、自分一人で克服できないと痛風なんてもんもほど遠い。そう思い立ち独学食事療法を決行。やはり人の体は食事がもっとも重要。な、はず。
まず朝から豚を喰う。昼は鹿を喰らった。そして夜は鳥。
あくる日は目覚めから猪。そして昼に牛。で、夜に運良く鯛と蛸と天魚にありついた。深夜に締めとしてミカンを流し込む。
結果、次の朝、どうだ歩くのには不自由しないほどに痛みが引いた。
あとはクジラ喰ったら完治するとおもわれる。

そういうわけで、今年もよろしくおねがいします。
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2016年12月31日

SURFACE & PEACE

今年もよく遊んだ。勉強した。失敗した。働いた。怠けた。

猿の腰掛けもようやく終わり。
来年は酉年。卵産みまくる。

今年一年、自分に関わってくれたくれた全ての人に感謝。

来年もよろしくお願いします。
 
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2016年12月22日

関東出張 02

目的の一つ「つり人社を訪れる」を終え、神保町を後にし蟻の巣のような東京メトロの地下道を五時から男達にもみくちゃにされながら颯爽と駆け抜け電車に乗り込む。一人ならきっと小1時間かかる。ややこしすぎる。三浦さんの後に必死で着いていく。スーダラ節でも唄いながらじゃないと東京メトロの人の多さには発狂しそうになる。
電車に揺られること....どれくらいだったろうか。。苦手な飛行機の気圧疲れと、それとは真逆に上昇する心のテンションを水平に取繕うのに踏ん張りすぎて時間の感覚を失っていた。ただただ目の前の高校生がずっと小さな動きでオタ芸を練習してるのをジッと見つめていた。放心。
そして遂にとある駅で下車。
この旅の2つ目の目的「古山輝男さんに会いにいく」が現実になる。
古山さんの営むつるや食堂におじゃまする。丁度、夜営業前の準備中におじゃまする。
店内に入るとあの古山さんがバタバタと急がしそうにやっている。挨拶をすませると、そのままどこかに外出してしまった。後でおもえば、これがよかった。この間がよかった。飾り気のない昔ながらの食堂の居心地のよさによって平常心を取り戻すのに丁度よい時間だった。店内を見渡すと釣り道具や釣り雑誌なんかがいたるところに散らばっている。最高じゃないかこの食堂。なんか年季が違う、年季が。
古山さんといえば、今頃の中年釣り人達にはやはり海のシーバスゲームの第一人者として有名。どちらかというと海釣りの方でそちらの著書も多い。だが、トップウォータープラッガーの自分にはやはりあの頃のバス釣りの生き字引のイメージがある。
自分の憧れはずっと則さん達の雄蛇ケ池でのキャンプ&フィッシング。雑誌で見ただけだが、その影響ははかりしれない。きっと一生逃れられない誘惑。その憧れの場所にいた人物に会える日がやっときた。いわば、自分が子供の頃に憧れたホンモンの釣り人。さらに言えば大阪人でありながら江戸前の粋な釣りに憧れる(都への嫉妬)典型的な田舎もんの自分が目指す釣人像でもある。
なんと言っても釣り姿が格好良すぎる。則さんのコラムなんかでも名前が度々出てくるから、気になってしかたがなかった釣人。
買い物か出前か?5分ほどで帰ってきた古山さん。
改めて挨拶して、お酒を交わす。こんな至福な酒は滅多にない。
そこから怒濤の釣り談義。渋すぎる。粋すぎる。格好良すぎる。
学ぶものが多すぎる。頂いた名刺には大きく「江戸前風釣趣」と書かれていて所属する又は代表する釣り俱楽部の名前がズラリと。聞きたいことはなんぼでもある。時間が足りないのは必至。
次々に奥から引っぱりだされる釣り道具。TVでは最近、古山さんがタナゴ釣りで釣り番組にでたときの映像。目の耳のやりどころに困る。相変わらず酒はうまいし料理も旨いし。
はじめて触った江戸前の和竿に古山さん作の竹竿。どれもこれも目新しい刺激。脳が宇宙に飛んでいく。最近、バスと遊ぶ時のタックルと言われて見たソレは粋すぎて他言ができないほど。これがバス釣りですよ、と思わず口にだす。赤星さんも納得するよ、これなら。
最近の古山さんはバスもシーバスもタナゴも竹竿で愉しんでいる。どうやったら面白く魚を釣ることができるかを熱弁。則さんと同じスピリット。自分と同じスピリット。
そして遂に出た国宝「雄蛇ケ池タックル」。ヤマシュウフロッグにバルサ50などなど....。
泣ける。これには泣けた。ボロボロのルアー達。ルーツはここにある。
この人達がいて自分達は今、サーフェイスゲームを楽しめている。
当時の話より今の話に熱くなる古山さんにも感動。つねに現場主義。釣りの話は常に進行形。
話がドンドン盛り上がり、自分が古山さん達はもはやレジェンドですよ的なことを口にしてると、おもむろに古山さんは電話を手に「ほんまもんのレジェンドをよぶ」と。
自分は存じ上げない方でしたが小高さんという方を呼んでいただいた。その方の凄さは三浦さんの上ずり加減で
十分わかった。つり人社に長年勤めてきて果てしなく多くの釣り人に出会ってきたはずの三浦さんがちょっと興奮気味。海釣りの方だが古山さんでさえ師匠というのだからそのすごさは十分伝わる。
ご近所ということで数分後には到着。何とも言えない風貌。渋い、渋すぎる。
おじいちゃん(失礼)だが、到底かなわない感じ。お世辞ではなく、それなりに腕には自信あるが釣り勝負を挑んでも勝てる気が全くしない。もちろん数やサイズのはなしではなく。このオーラ、これが仙人というやつか...。
古山さんと普通に来月の釣りの約束話をしてるだけだがなんかカッコよい。つり人は歳をとっても、来月どこどこ行こうなんて企てをしてる時が一番輝いている。
ほんとにこの夜はいい体験をした。
特に印象に残ったのは古山さんの則さんへの友情とリスペクト。
「バス釣りはやっぱり則さんが頂点」
「俺のジョンは置くとこなくなって則さんとこに預けてて」
とか、何でもない言葉にぐっと愛情を感じた。
日本のサーフェイスゲームの出発点やバルサ50誕生前後のシーンを知る古山さんに会えて話しができてほんとよかった。
ええ歳してこの出張は社会見学であり、男を磨く為の旅。
まだまだ知らない魅力と刺激は一杯あった。見せつけられた。
つるや食堂をあとにしたあとはラーメン喰って、三浦さんと深夜2時頃まで男ふたり談義。
実のところ、自分が目指してるのはぐうたら釣り師。=三浦さんであったりする。
意識がぶっとんだ状態でこの日の出来事に対し心の整理が全く追いつかずにほとんど記憶はナッシング(爆笑)
そのまま深い眠りについた。

さて次の日は則さんに会いにゆく。

つづく
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2016年12月19日

ストリートとロード



トミーゲレロの生演奏を2年ぶりに観に行く。
常に”ストリート”というレッテルがくっついてくるゲレロ。そのイメージ故にロックスターのような雲の上の存在でなく同じ地平で生きる一人の人間臭さが感じられる。
ストリートとは全くもって不思議な言葉。好きな言葉。
ようするに路上。通り。単に街頭。だれもが生活活動に欠かせない場。
そこに音楽やらファッションやらスケートボードやらダンスやら落書きやらが結びつくだけで、なんかカルチャーの薫りがたってアーティスティックに映る。これはもう歴史が造りあげた言葉の魔法であり、愚のトリックでもある。これがロードとなるとどうだ。なんかバタ臭くてヒッピーぽく感じられる。これはジャックケルアックが我が脳裏に浮かぶからだけど、ケルアック自体は自分的にはストリートな人。もちろんロードなんて呼ばれるカルチャーシーンはないけど。ではストリートとはなんぞや?なんてクソナンセンスないことは考えたくもないけど、イメージってもんは価値観に強く影響するということを日頃から重んじて生きていると気になることも度々あるといえばある。どうもこのストリートってのは近頃カテゴリーやジャンルっぽく扱われたりしてるけど、それは全然違う。どんなカテゴリーにも当てはまらない奔放さがほんまもんのストリートである。
最近のストリートを勘違い又は意識したエセストリートな輩は見ていてほんと辛い。
まさに場違い。レッカー移動したい。
ようするにスピリッツの問題。
「水面もストリートです」とは、RESULT QUALITYのナオキ。
なるほど。
BMXも大好きなやつがいうのだからそれは間違いない。

が、しかしここでまさかのロードだ。

自分的にはサーフェイスゲームはストリートではなくなんかロードっぽい。
なんか、そう、ロードっぽい感じ。
も一回いうけど、ロードなんてシーンはない。
しかし、自分の釣りをこれからロード系と呼ぼう。
いなたい釣りはロード。ロードとは新たなシーン。
技術論では到達できない”いなたさ”を目指す趣きがロード。

そういえばトミーゲレロの最新アルバムで一番好きな曲は"the endless road"
7inchリリースとかめっちゃロード!!

そういえば周りにもロードなやつ、一杯おるなあ。
面白味あるなあ。

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2016年12月17日

2016年も終了間近。
今年やり残したことは70%。予定の30%しかやり切れていない。
よく歳をとると時間が経つのが早くなるというが、地球の自転も公転も時計の秒針のスピードも早くなることはなく、それは単なる言い訳であって時間への責任転換。そう、全ては自分自身の人生の無駄使い。
ここ近年、年末になるとそんなナイーブな気分になる。
これが年末だからまだいいものの、もしこれが人生の終焉だとするとこれほど悔やむことはない。
時間の使い方を今一度考えなければいけない。
となると、遊んでなんぼとなる。
遊ぶために、どうするべきかとなる。
すでに大きな構想と計画は山ほどあるから、一つずつ確実に制覇していこうとなる。
それはまさに登山のごとしとなる。
一歩一歩の山道を登ることとなる。
それにはスキルと信頼できる道具とチームが必要となる。
いや、それは揃ってるとなる。
みんな集まると、なんでもできる、となる。
あとは
自分
次第。となる。
自分はというと、ただただ旨い酒といい音楽に出会い、ブラックバスを釣りたいだけとなる。
となると、またこれまでのようにブラブラして来年の今頃、再びこの思いに戻ってくる。となる。
よってこれからも、人生、棒に振る。
捨鉢。

だがその棒がマドラーなら旨い酒を作ることができる。
だがその棒がアンテナならいい音楽を受信できる。
だがその棒が釣竿なら、これほど的確なものは釣り人にとって他にない。

そういえば人類最初の道具は石と棒。
石は意志ともいえる。
意志と棒があればどうにでもなる、となる。

答えは棒。

これを心得てればすべてうまくいく。
と、なる。

行き先はアルパカ道具店となる。

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2016年12月16日

cafe

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shimanoさんが発行してる季刊誌”fishing cafe”の最新号が届く。
おもしろい。今回は釣本好きにはたまらないネタ。
毎号、商売とはほとんど無縁のネタをマニアックなレベルまで掘り下げてくるこの雑誌は一体どういう人達がつくってるのだろう?大手メーカー発というのがまず不思議。いや、大手だから可能なのか?
どうあれ、現代日本の重要かつ貴重な釣り雑誌。
今回は、古今東西の釣り指南書の掘り下げ。
本来の無垢な釣りと作者の想い熱量が伝わる内容。
最近、もっぱらつり人が論争を繰り広げるのは害魚論やそれにまつわる行政の云々、それにマナーや他人の釣りの話ばかり。大事な部分ではあるが、そこに足止めされすぎてて、全く面白くない。うんざりすることも、たびたび.....。
まるで密室の話。たいてい迷走してるし。
こんなときの処方箋として、この手の本はほんとにいいとおもう。
目的地が見えてるなら、まず真っすぐ進むことを忘れてはいけない。そんな単純なことを修正してくれる。が、そういう意気込みで肩に力が入ってしまうと、面白くなくなるのも事実。
結局、ニュートラルの状態がなにごとにも適してる。と、おもう。

「魚がかかってしまうと、もう釣りには興味がなくなる」 シャルル リッツ

一体何を言ってるのか、この男?気になってしかたない。
氏が1953年に発表した名著はフランス語で「現場からの報告」というもの。
これって、昔のスミスの広告に書かれていた「スミス オリジナルの報告」の元ネタ?
妄想フル回転で偉人達の指南書の世界に迷いこむ。

これまさに冬の釣り。アームチェア・フィッシング。

BGMには、トミーゲレロの最新作『The Endless Road』が最適。



posted by ns at 21:09| 日記 | 更新情報をチェックする

2016年12月14日

せんべろ

せんべろとは、「1000円でべろべろに酔える」ような価格帯の酒場またはサービスメニューの俗称。

15分もあれば関空に行けて、そこから格安飛行機が飛んでるおかげでちょっと沖縄に呑みに行こうとおもえば家を出て3時間後にはオリオンビールを胃に流し込めることができる今の生活環境。そこに待ちわびる近頃の”沖縄せんべろブーム”はまことに危うい罠。去年なんて全くと言ってもいいほど見かけなかった「せんべろ」の看板文字。ここ半年で一気に拡散か。どこもかしこもせんべろ押し。ありがたい反面、素っ気ないのは言うまでもない。安さと引き換えに、”何か”を打ち消される感じ。まあ呑み方なんて人の好みなんで色々あった方が酒場は賑わっていいとおもう。にぎわってこその大衆酒場。だけど自分的にはまず大衆食堂やステーキ屋もしくはタコス屋で腹をある程度埋めてからカウンターがあるお店で沖縄料理をあてに呑むのが一番気分がいい。
しっかしあそこまで、どこもかしこも、せんべろを売りにしてしまうと庶民の馴れも加速して、言うてる間にありがたさが消えて飽きてしまうだろうに。路地に入れば10mおきにせんべろせんべろ。
そうなればやはりどこかが、抜き足で次の手へ。さらなる奉仕への挑戦。
もうワンコインしかない。500円玉でベロベロのワンベロへの挑戦。
だが現実問題、ワンコインでベロベロにさせるのは不可能に近い。いいとこベロベロじゃなくペロペロ。よってワンペロ。
大衆酒場に次にやって来る新たなる波は、ずばりワンペロと予想してるわけだが。


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photo by tsunami times

津波ルアーズ 「ワンダーペッカーロイヤル」 通称ワンペロ
あのワンアクションごとにペロッと水面を舐めるプラグがようやく再発となる。
デザインとアクション、共にいかにもオールドファッション的なバススプラグ。あのピーナッツバターが好きそうなまぬけ面が大好きでこの再リリースを待っていた人も少なからずいてるはず。
せんべろブームとは無縁だけど、同じように地味にワンペロブームなんが一部水域で突如湧き起こったりしたら、この大衆娯楽のバス釣りの懐の深さも柔軟に広がるのになあ。とか、よくわからんことを某酒場でおもう。

ちなみにこの「せんべろ」。ウィキペディアによると一般には作家の中島らもと編集者の小堀純が、共著の著書『せんべろ探偵が行く』で使い始めたのが最初と言われている。ということらしい。
なんとも言い難い妙な因果にいたずらされたような気分になる。
その昔、津波ルアーズ元木さんが中島らも氏のバンドでギターを担当していたという過去。大好きな沖縄での昨今のせんべろブーム、そしてその先に自分が推奨するワンぺロ。そこに「ワンダーペッカーロイヤル」の再販。この連鎖、不可解だ。

そんなことに引っ掛かってるのは、きっとこの世界で自分だけ。
きっとそこには

なにもない。

posted by ns at 23:40| 日記 | 更新情報をチェックする

2016年12月12日

察知

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友人Yは鋭い。
何かと鋭い。
モノの見方が歪んでるのか、他人の気づかない部分または見えない部分にズブリズブリと感覚的ナイフを刺す。
こういう人間は自分の目にはとても漫画的に映る。滑稽で愛らしい。
漫画と言っても見下げてるわけではない。
手塚治虫からつげ義春、白土三平に水木しげるなんかが大好きな自分の感性がそう思わすのだから、漫画的という表現はとても王道で上等なヒロインの意。
この写真。先日、彼は釣りの前、水面を見渡せる位置で足を止め、水面を睨みつけた。
何かを察知したのか、そのまま目を瞑り、空気を胸いっぱい吸い込む。
そして、すました顔で「今日はやばいことになりますよ」と。
いきなり、そんな漫画的な顔と台詞を浴びせられたら、一気に期待が膨らみ、早く次のページをめくりたい衝動に駆られる。それはまさに劇漫画の一コマ。これからもの凄い展開が待っているに違いない。
この男が予想だにしないストーリーを見せてくれるのだ。と。

結果、シンプルにノーバイト。
まるで新聞の4コマ漫画のような結果。

「さっさと温泉行きましょ」と、なにごともなかったように後片付けするYは素晴らしい。
湯船に浸かり、「フアー 気持ちいいー」という顔は、まぎれもなくジャグ漫画の一コマ。

彼との釣りは面白い。
何がオモロいって、やっぱり顔と台詞だと思う。

はやく次号を読みたい。
そんな気持ちで一杯となった先日の釣りでした。
posted by ns at 22:17| 日記 | 更新情報をチェックする

2016年11月28日

釣りに死す

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釣りに死すと覚悟をした25年ほど前に愛用していたタックルボックスはOldPalのもの。
パルの意味は友達、仲間、相棒とか。オールドパルは旧友とか幼なじみ、すなわち竹馬の友みたいなもの。
釣具でこのネーミングって、とびきり最高とずっとおもっていた。
そこでキャンプパルとした。そういうことでキャンプパルとなった。

数年前、兄が突然に気が狂って釣具屋をやると言いだした。
手伝うしか選択枠がなかった。
そしてスタート。必然的に運命的に色んな人と出会う。
そして下北山村でのキャンプ&フィッシングを実行。
実は最初のきっかけを作ったのはスクリームの稲見さん。
七色ダムの近くに移住した稲見さんが企画したキャンプ&フィッシングに参加したのが最初。山奥の奥、七色ダムのさらに奥の小森ダムのほとりのおくとろ公園キャンプ場で開かれた集まり。おぼろげな記憶では徳島のシャープ0(バス俱楽部)なんかが招集されていた。
こちらは兄とIKDと自分の三人。釣りとキャンプと温泉の山奥トリップ。
すべてはそこから。
マイキャンプブームのピークは90年代後半。道具も色々と揃えて関西オートキャンプ場ガイドみたのを買って釣りをやらない友人達と自然を楽しんだ。そのころはほとんど釣りとは絡ませなかった。たまにフライタックルを持っていって里川でカワムツなんかと戯れるぐらいだった。しかし理想はずっと則さんのキャンプ&バスフィッシングだった。若かれしころに強烈な格好良さにぶちのめされた雑誌の写真、その摺り込みと憧れ。ただただ、それだけ。
下北山村へ泊りに行くのも今年で10年目。もはや特別な地。
あのキャンプ場は、「ただいま」と言いたくなるくらいの愛着がある。
池原ダム 七色ダム 小森ダム。けっしてバスがよく釣れるフィールドではない。
だが魚がよく釣れる場所と心躍るフィールドというものは自分にとってはイコールではない。
なんというか、やはりロケーションと空気感と野生に対峙するアウェイ感。
そこに興奮する。
あの場所はそれを十分に満たしてくれる。
あと何年、あそこに集まってこんなバカげたことを楽しめるのか。
理想を言えば死ぬ寸前までやりたい。老人になっても集いたい。
一年に一度、白髪や剥げ頭の爺さんどもがゾロゾロと集まってきて、サーフェイスゲームを楽しみ温泉入って晩酌。これって最高にクール。

こうなったらとことんやろう。
やめる理由もないし。
posted by ns at 22:03| 日記 | 更新情報をチェックする

2016年11月24日

生き字引

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ルアー釣り入門 井上博司著 1972年
先日の関東出張で神保町の鳥海書房で購入した本。
舶来のルアーフィッシングの紹介本ではなく、日本でのルアーフィッシングが独り立ちをはじめた時代の名著。まさに黎明期の教科書。
古い本とはいえ、内容は濃厚。そこまでやるかというほど親切な解説と解析。
近年の本より、ずっと実戦的におもえる。
なぜ、この本を購入したかというと、それは本棚を夢中で物色してたら横から三浦さんがスッとこの本を差し出してきて「持ってる?中みてみて。」と。そして、なにげにパラパラとみてたら、「よく見て」と。
ハッ!アッ!
キャスティングのデモンストレーター!!
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そんな昔から、そのな場所にいてたんですね。
日本のバスフィッシングの夜明けから現在も現役バリバリ。
ひたすらキャストをし続けてるんですね。
まさに生き字引。
同船して一緒に釣りをさせて頂いたことを光栄におもいます。
ほんとかっこいいです玉越さん!!

井上さんの偉業はもちろんのこと、付録に玉越さんの若き時代のブロマイド付き(笑)

というわけですよ。

posted by ns at 21:28| 日記 | 更新情報をチェックする

2016年11月22日

地獄に堕ちた野郎ども

パンクといえば、そう先日の事、ダムドのドキュメンタリー映画なるものを観に行った。最近、70-80年代のバンドを扱ったこの手の映画がやたら多い。懐古的なもんは敬遠しがちだが、今のリアルなダムドをみれそうな内容だったので最終日にこそっといってみた。ここんとこバッドブレインズの映画も全国的に盛り上がってるみたいだから、ひょっとしたら満員ではとか無駄な心配をしてはみたけど、そこはダムド、やはりガラガラ。当然と言えば当然だが、しかし納得もいかない。
自分にはダムドはピストルズとほとんど同等の存在。ロンドンパンクの最高峰。
それなのに.......人気低い。恐ろしいほどクレイジーすぎるからか。。
映画のタイトルは「地獄に堕ちた野郎ども」。ダムドファンにはこれ以上のタイトルはないけど、客観的にみたら、最悪なタイトル。。。これじゃどう考えてもヒットは見込めん。
とにかく昔からアンラッキー続きのダムド。この映画を見てますます好きになった。
自慢話になるけど、一昔前、ベロベロに酔っぱらったキャプテンセンシブルにほっぺにキスされたことがある。これは老後にその写真をもって若いパンクスに自慢しようとおもってるネタの一つ。
それにしてもシュールだった。
映画の印象と同じぐらい心に焼き付いたものがある。
それは映画館の超真面目そうな草食系スタッフの男の子が開演前に大きな声で、「間もなく開演しまーす。地獄に堕ちた野郎どもは、こちらです」「地獄に堕ちた野郎どもは、こちらからお入りくださーい」と叫んでいる。
お客に向って地獄に堕ちた野郎どもって......。
おかしくてつい笑ってしまった。入口からゾロゾロと地獄に堕ちた野郎どもが入場。
その中に釣友のマモルの姿が!!
あいつは地獄に堕ちた野郎どもで正解だ(笑)

朗報 3月に来日!!


posted by ns at 22:05| 日記 | 更新情報をチェックする

2016年11月21日

punk forever

いよいよXデイ間近。
SEX PISTOLS「Anarchy in the UK」リリース40周年記念の11月26日。
今年イギリスでは国が率先して「パンクロンドン」と題した年間イベントに取り組んできた。全くもってバカバカしいこと。反政府反体制の象徴であるパンクシーンを讃えるという愚行。当時は弾圧に必死だったはずなのに。にっくきパンクも後に世界規模で広まってロンドン発の誇れるカルチャーとなったので結果オーライってことか?
それともパンクが主権に喰われたのか?
遠い国の自分にはほんとうの実体は見えないが、唯一、マルコム・マクラレンとヴィヴィアン・ウエストウッドの息子のジョセフ・コーレの行動にだけは心躍る。
イギリス政府がパンク40周年行事を官製イベントとして企画することへの反発として、自ら所有するパンク関連のアイテム8億円分相当を11月20日にカムデンですべて焼却すると表明している。
これは笑える。
この行為を惜しいと思った時点で、もうパンクじゃない。

イギリスもいっそのこと、これを機に国歌を「Anarchy in the UK」に変えればいいのに。。

posted by ns at 20:43| 日記 | 更新情報をチェックする