2026年06月09日

圏外

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最近、古くからの友人のインスタが何者かに乗っ取られた。
そしてやがてアカウント自体が消えてなくなった。
友人は思い出を奪われて失ったと、ひどく怒り悲しんだ。
とりあえず同情はした。だが何かおかしい?
たかがSNSだ。スマホの中でだけの間接的な代替の世界だ。
決して思い出=SNSではない。もしかしてこの考え方が古いのか?
どちらにせよ、自分は友人の思考がひどく歪んでしまってると感じた。

「インスタとか向いてないで。いっそのことこの機会にSNSやめたら」
とアドバイスすると、一時は聞き入れたが数日後には新たなアカウントを立ち上げた。
そして共感を求める一人よがり劇場が始まった。まさに不特定多数の人に向け同情を募るキャンペーン。
これ、つまり依存というやつだ。まじでなにか恐ろしい。
あくまで自分的な見解だが、ネット=現実というのは100%間違い。
もちろんポジティブな側面も存分にあるが、この友人の場合、倫理的に見て完全になにかに取り憑かれている。
もはや悪霊や新興宗教より、SNS依存の方が自分には怖く映る。
巷で承認欲求という言葉が飛び交うが、自分はそこにマイナスイメージはそれほどない。
人間の心理としては真っ当だと思う。そのベクトルの方向さえ間違わなければプラスとなる。
しかし、アベコベにネットに乗せて不特定に”いいね”の数を求めるのは不健全だと....
自分はそう思う。

子供の頃から”アウトドア”という言葉が大好きだった。
扉の外側、つまり生活圏外での活動というアウェイで非日常な条件下に興奮を感じた。
そういう観点でいうと今は”圏外”という状況にそれを感じる。
電波の届かない外の世界。
スマホが役に立たないバスフィールドにいくと、いつも爽快を感ずる。

この時代、自由と開放感を得る最短の方法はスマホのスイッチを切ること。
スマホを捨てよ水辺へ出よう。

と、インターネットで語る自分のアベコベさに、ぜひ”イイね”よろしく。





posted by ns at 23:36| 日記 | 更新情報をチェックする